マイコン|基礎編

家電機器開発におけるマイコン選定の勘所

2025.02.13

この記事のポイント

1. ユーザーインターフェースとして、音声再生を利用する家電機器が増えている。

2. 電力を大量消費する機器の場合、消費電力の少ない制御方式や高効率の電源システムの導入を考える必要がある。バッテリー駆動システムの場合は、マイコンの待機モードを利用して省電力化する。

3. 部材コストや製造コストを抑えるため、マイコンの外付け部品の数を極力減らす。

4. 開発環境を評価する際には、統合開発環境や評価ボードだけでなく、使い勝手の良いユーティリティツールが用意されているかどうかも確認する。

ロームは、独自のローパワー技術を活用した低消費電力マイコンのラインアップを提供しています。マイコン製品の供給を通して、電池駆動の小型機器や家電機器、産業用機器、社会インフラ機器、車載機器など、さまざまなシステムの開発に携わるマイコンユーザーの皆さまをサポートさせていただいております。ここでは、マイコンを使用したい開発者の方から寄せられた質問に回答する形で、マイコン導入やマイコン設計に役立つ情報を提供していきます。なお当社は、マイコンの基礎を学べる動画コンテンツ『マイコン豆知識』も公開しています。マイコン初心者の方は、こちらの動画も併せて参考にしてください。

いざ調理家電の市場へ、ところが…

先日、とある機器メーカーの方から、マイコン導入にかかわる相談を持ちかけられました。この方の名前を、仮にAさんとします。

Aさんの勤める会社は、食品工場などに納入する業務用の調理・厨房システムを販売するメーカーなのですが、一般消費者が使う調理家電の市場へ参入することを検討していました。社内にマイコン制御の調理家電を企画・開発するチームが結成され、Aさんは機器に搭載するマイコンの調査とマイコンソフトウェアの設計・実装を任されることになりました。

ところがAさんは、業務用システムに搭載する産業用グレードのプロセッサーを取り扱った経験はあるのですが、家電機器に組み込む小規模なマイコンを使ったことがほとんどありません。周囲には、マイコン設計の経験のある先輩や同僚もいませんでした。

「家電機器の開発では、マイコンをどのような観点で評価・選定すれば良いのでしょうか?」というのが、Aさんからの相談の内容でした。

家電機器開発の4つの課題

近年の家電機器への要求はいくつかありますが、そのうち、多くの製品に共通しているのが、「快適なユーザーインターフェース」と「節電・省エネ」だと思います。また、家電機器の開発では、「部材コストや製造コストの低減」が強く求められます。マイコン設計の煩雑さや手間を軽減する「開発環境の整備」も重要です。

ここでは、家電機器の一例としてホームベーカリー(家庭用製パン機)の開発をイメージしながら、家電機器開発の4つの課題と、それに対応したマイコンの評価・選定のポイントについて述べたいと思います。

調理家電はマイコン制御

最初に、ホームベーカリーの概要を説明します。ホームベーカリーは小麦粉やバターなどの材料から自動的にパンをつくる機械で、例えば図1のような構造になっています。筐体には温度センサや電熱ヒーター、モーターが付いており、その中にパン材料を入れた内釜を据え付けて稼働させます。

ホームベーカリーの構造図1 ホームベーカリーの構造

ホームベーカリーは、内釜の中のパン材料に対して、「ねり」、「ねかし」、「発酵」、「焼き上げ」の四つの処理を実行します。つくるパンの種類(食パン、早焼き、フランスパン、全粒粉パンなど)や焼き色、室温などにより、それぞれの工程の処理時間と実行回数、ドライイーストや具材を投入するタイミングが変わります。ホームベーカリーの調理プロセスの例を図2に示します。

ホームベーカリーの調理プロセスの例図2 ホームベーカリーの調理プロセスの例

マイコンは、調理プロセスの管理のほか、センサによる温度計測、内釜の温度制御、パン材料かくはんのためのモーター制御、ユーザーインターフェース処理などを実行します。ホームベーカリーの要求仕様の例を表1に示します。

表1 ホームベーカリーの要求仕様

調理開始前 1) 調理開始前に、設定ボタン(複数)によって、パンの種類(食パン、早焼き、フランスパン、全粒粉パンなど)、レーズンなどの投入用具材の有無、焼き加減、および出来上がり予約時刻の情報(事前の設定情報)を入力する。
調理開始 2) 調理開始ボタンを押すと、一連の調理プロセス(ねり、ねかし、発酵、焼き上げ)の実行が開始される。
センシング 3) 内釜温度検知用温度センサによって内釜(パンケース)温度を計測する。
4) 室温検知用温度センサによって室温(ホームベーカリーの外部温度)を計測する。
調理プロセス ねり工程 5) ねり工程では、パン材料かくはん用モーターを駆動し、内釜に入れたパン材料(小麦粉、バター、乳製品、水、砂糖、塩など)をかくはんする。ねり時間とモーターの回転速度は、事前の設定情報に基づいて決定される。
6) レーズンなどの追加具材がある場合、ねり工程の途中で具材投入用アクチュエーターを制御し、具材容器に入れた具材を内釜へ投入する。具材投入のタイミングは、事前の設定情報に基づいて決定される。
ねかし工程 7) ねかし工程では、内釜の中のパン材料をそのまま放置する。ねかし時間は事前の設定情報に基づいて決定される。
8) ねかし工程の途中でイースト投入用アクチュエーターを制御し、イースト容器に入れたドライイーストを内釜へ投入する。ドライイーストを投入するタイミングは、事前の設定情報に基づいて決定される。
発酵工程 9) 発酵工程では、電熱ヒーターを制御して内釜の温度を一定(30℃前後)に保つ。計測した内釜温度に基づいて、電熱ヒーターのPWM制御を行う。発酵時間と発酵温度は、事前の設定情報と計測した室温に基づいて決定される(室温が高いほど、発酵が進みやすい)。
焼き上げ工程 10) 焼き上げの工程では、電熱ヒーターを制御して内釜を加熱する(最大170~200℃)。計測した内釜温度に基づいて、電熱ヒーターのPWM制御を行う。加熱時間と焼き上げ温度は、事前の設定情報に基づいて決定される。
ユーザーインターフェース 11) 事前の設定情報、実行中の調理工程の情報、現在時刻、および出来上がり予約時刻、不具合発生時のエラーメッセージを液晶パネルに表示する。
12) 調理開始と調理終了、不具合発生の際に、音声出力によって指定された定型メッセージを読み上げる。
AC電源切断時 13) ボタン型のリチウム1次電池を搭載する。 AC電源との接続が切れた状態になっても、リチウム1次電池からの電力供給により、液晶パネルに現在時刻を表示する。また、前回使った設定情報を記憶し続ける。

調理プロセスの処理時間やねり工程のかくはん制御、発酵・焼き上げ工程の加熱制御に、メーカー各社のノウハウが詰め込まれています。例えば、パン生地の温度を直接計測するセンサを装備する製品や、高火力のIHヒーター(誘導加熱コイル)を搭載する製品などもあります。

マイコン導入の際に考えるべきこと

以下では、マイコンを評価・選定するときの検討項目を説明します。

1) ユーザーインターフェースの課題 ―― 音声ガイドで利用者にやさしく

家電機器の多くは、入力用のボタンや機器の状態を知らせるLEDを装備しています。文字やグラフィックスを使って、よりリッチな情報を伝える液晶パネルを搭載しているものもあります。

今回のホームベーカリーの例では、複数のボタンと一つの液晶パネルを搭載しています。ボタンは、マイコンのGPIO(汎用入出力)に接続してオン/オフを判定します。液晶パネルは、マイコンが内蔵するLCDドライバに接続して制御します。

最近では、画面表示と音声再生を組み合わせて利用者をガイドする製品が増えています。高齢の利用者の場合、「ディスプレイの文字が小さくて読みにくい」、「次の操作が直感的に分かりにくい」という状況が考えられます。このようなとき、音声ガイドの機能が有効です。

マイコンで音声再生を行う場合、音声デコード用のミドルウェアを使うことが一般的です。圧縮された音声データをCPUで復号し、D-AコンバータやPWMによりオーディオ信号を生成して、外部のアンプやスピーカーに出力します。また、マイコンの中には、音声デコーダの回路を内蔵しているものがあります。このようなマイコンを利用すると、CPUリソースを消費せずに音声再生を実行できます。

2) 節電・省エネの課題―― システムレベルと部品レベルの両面で省電力設計

熱交換を利用する空調設備や高火力のキッチン家電、洗濯乾燥機、アイロンなど、家電機器の中には、1000Wを超える電力を消費するものがあります。このような機器の開発では、消費電力を抑える設計が欠かせません。

ホームベーカリーも高火力を使うキッチン家電の一つで、ヒーターが連続稼働する焼き上げ工程では350~700W程度の電力を消費します。そのため、システム設計の段階で、ヒーター制御方式やモーター制御方式の低消費電力化、及び電源系の効率改善を検討します。

これとは別に、バッテリー駆動の機器においても、低消費電力設計は重要となります。連続使用時間を延ばすため、マイコンやその他の部品が消費する電力を抑える必要があります。ホームベーカリーのようなキッチン家電の中には、UX(user experience;ユーザー体験)デザインの観点から、電源コードがコンセントからはずれた場合でも、内蔵電池を使って液晶パネルの表示動作を継続したり、それまでの設定情報を保持し続けたりする製品があります。この場合も、バッテリー駆動の機器と同様、省電力設計を心がける必要があります。

マイコンそのものの消費電力を削減したい場合は、マイコンの電力管理機能を利用します。多くのマイコンは、複数の待機モードを備えています。「動作→待機→動作→待機」というようにマイコンを間欠的に動作させ、待機状態の時間を増やして消費電力を削ります。マイコンの待機モードの例を表2に示します。

表2 マイコンの待機モードの例(ロームのML62Q2700の場合)

消費電力大

矢印

消費電力小

モード CPU 周辺機能の回路ブロック レギュレータ出力電圧(VDDL) 備考
高速クロック(24MHz) 低速クロック(32.768kH)
HALT 停止 動作 動作 1.55Vまたは1.45V
HALT-H 停止 停止 動作 1.55Vまたは1.45V 最短60μsで復帰可能。短時間での間欠動作の待機状態に使用する。
HALT-D 停止 停止 一部動作 1.15V 消費電流は標準0.7μAまたは0.9μA(内蔵のRC発振回路で生成した低速クロックを使用する場合)。長時間の待機状態に使用する。
STOP 停止 停止 停止 1.55Vまたは1.45V
STOP-D 停止 停止 停止 1.15V

注:すべてのモードで、RAMとSFR(特殊機能レジスタ)のデータを保持する。
周辺機能の回路ブロック単位にクロックの供給・停止やリセットを制御できる。

3) 部材・製造コストの課題 ―― 外付け部品を減らしてコスト削減

家電機器は、産業用機器などと比べると市場競争が厳しく、価格が安く設定されがちです。そのため、部材コストや製造コストの低減が強く求められます。

マイコンには、一度に処理するデータ幅により、8ビット、16ビット、32ビットの区分があります。ビット数が大きいほど演算能力は上がりますが、チップ単価は高くなります。そのため、家電機器では8ビットや16ビットの安価なマイコンがよく使われています。

また、マイコンはさまざまな周辺機能を搭載していますが、開発対象の要件に合った(機能・性能面で過不足のない)周辺機能を備えるマイコンを採用すると、外付け部品の数が減り、部品コストを削減できます。部品点数が減ると、一般に基板面積も小さくなり、基板コストも下がります。ただし、マイコン内蔵の周辺機能は、外付け部品と比べて、性能や精度、分解能が劣る場合がある点には注意が必要です。家電機器に使われる周辺機能の例を図3に示します。

家電機器に使用されるマイコンの周辺機能図3 家電機器に使用されるマイコンの周辺機能

その他の外付け部品で検討が必要な項目として、クロック生成の問題があります。外付けの振動子や発振器を使うと、部品コストは上がりますが、クロック品質が向上します。一方、マイコン内蔵の発振回路を使うと、部品コストは下がりますが、クロック品質は低下します。

ロームの16ビットマイコンの場合、マイコン内部でクロック補正ができ、補正によりクロック周波数の誤差を±1.5%に抑えられます。時計の機能や正確な時間の計測、高い周波数精度を要求するシステムでは外付けの水晶振動子が必要となりますが、そうでない場合は、マイコン内蔵の発振回路を利用できないかどうかを検討します。

ホームベーカリーをイメージしたマイコンと周辺部品の接続を図4に示します。ここでは、ロームの16ビットマイコンであるML62Q2700を使用しています。ロームの16ビットマイコンは、炊飯器や電子レンジ、コーヒーメーカーといった調理家電のほか、冷蔵庫や洗濯機、掃除機、エアコン、LED照明などにも採用されています。

家電機器向けマイコンと周辺部品の接続図4 家電機器向けマイコンと周辺部品の接続

図4に示したとおり、ML62Q2700は音声デコーダ(ADPCM/PCM方式)やセグメントLCDドライバ(最大480画素、容量分圧により駆動電圧を生成)、12ビットA-Dコンバータ、PWMを内蔵しており、これにより外付け部品の数を減らしています。一方、クロック生成には外付けの水晶振動子を使用しました。これは、ホームベーカリーの出来上がり時刻予約の管理に時計の機能が必要となるためです。

4)開発環境の課題 ――ベンダーの特徴が出やすいユーティリティツール

マイコンベンダーは、自社のマイコンに対応した統合開発環境(IDE)とデバッグプローブ(エミュレータ)、評価ボード、ユーティリティツールを提供しています。マイコンベンダーが用意するIDEは、オープンソースソフトウェア(Eclipseなど)を利用して構築されているケースが多く、無償、又は比較的安価に入手できます。

ユーティリティツールには、マイコンの設定ファイルや初期化コードを生成するツール、マイコンで使用する音声データや画像データの作成を支援するツール、モーター制御設計を支援するツールなどがあります。ユーティリティツールのサポートは、ベンダー各社の特徴が出やすい部分です。使い勝手の良い(いわゆる、かゆいところに手が届く)ツールがあると、開発者の負担は軽減されます。図5に、ユーティリティツールの例を示します。

音声データ(ADPCM/PCM)を作成するツール(ロームのSpeech LSI Tools)(a) 音声データ(ADPCM/PCM)を作成するツール(ロームのSpeech LSI Tools)

液晶パネルの表示動作を確認するためのツール(ロームのLCDイメージツール)(b) 液晶パネルの表示動作を確認するためのツール(ロームのLCDイメージツール)
図5 ユーティリティツールの例

併せて、マイコンの使い方を解説したアプリケーションノートや動画コンテンツが用意されているかどうかも、チェックしましょう。