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インバータ回路の最適化

2025.05.08

パワーデバイス向けの「Power Device Solution Circuit」には、AC-DC PFC、DC-ACインバータ、DC-DC Converterの3つのカテゴリに分けて、様々なシミュレーション用回路が用意されています。本記事では、Power Device Solution Circuitのインバータ回路を利用して、各パラメータの基本的な調整方法やノウハウを紹介します。

ROHM Solution Simulatorを活用したインバータ回路の最適化

MyROHMに登録するだけで利用できるWebシミュレーションツールROHM Solution Simulatorには、多数のSolution Circuitが提供されています。パワーデバイス向けの「Power Device Solution Circuit」には、AC-DC PFC、DC-ACインバータ、DC-DC Converterの3つのカテゴリに分けて、様々なシミュレーション用回路が用意されています。

本記事では、Power Device Solution Circuitのインバータ回路を利用して、各パラメータの基本的な調整方法やノウハウを紹介します。インバータ回路の設計において重要な検討事項である、「trrの影響」、「損失を基にした最適デバイスの選定」、「ハーフブリッジとフルブリッジの特徴」の3つについて、シミュレーションを利用して最適化を進める例を示します。

なお、この記事の基になっている「ユーザーガイド インバータ編」は下記からダウンロードできます。

https://fscdn.rohm.com/jp/products/databook/applinote/discrete/common/web-sim-power-device-inverter_ug-j.pdf

Power Device Solution Circuitのインバータ回路一覧

最初に、現状で用意されているPower Device Solution Circuitのインバータ回路の一覧を示します。一般的な単相ハーフブリッジ、フルブリッジをはじめ、3相、3レベル回路に加えて、IHやモータードライブなどアプリケーション別の回路も用意されています。

インバータ回路における逆回復時間trrの影響

インバータ回路においてスイッチングデバイスの逆回復時間trr(Reverse recovery time)特性は損失において大きな影響があります。ここでは、ROHM Solution SimulatorのPower Device Solution Circuitを使用してシミュレーションを行い、インバータ回路におけるtrrの影響を考察します。

シミュレーションに使用するインバータ回路

Power Device Solution Circuit一覧にあるインバータ回路、「B-6. 3-Phase 3-Wire Inverter Vo=200V Po=5kW」を例に使用します(図1)。このインバータ回路のスイッチングデバイス(黄色ボックス)を変更してシミュレーションを行って、trrの影響を確認します。

ROHM Solution SimulatorのPower Device Solution Circuitインバータ回路B-6. 3-Phase 3-Wire Inverter Vo=200V Po=5kW。
図1:Power Device Solution Circuitインバータ回路B-6. 3-Phase 3-Wire Inverter Vo=200V Po=5kW

インバータ回路におけるtrr特性の重要性

図2に、図1のインバータ回路におけるスイッチング時の電流経路を示します。

インバータ回路では、供給する電力を調整するため、PWMやPFMなどの制御でHigh sideとLow sideのデバイスを交互にON/OFFさせます。図2の①~⑤はその動作を示しており、これが繰り返されます。

着目点は④から⑤への動作で、High sideがOFFからONになるタイミングでLow sideの内部ダイオードにリカバリ電流が流れるため、High sideからLow sideへ赤色で示した貫通電流が流れます。

ROHM Solution Simulator。インバータ回路スイッチングデバイスのスイッチング時の電流経路。
図2:スイッチング時の電流経路

このリカバリ電流は、発生した還流側デバイス(Low side)自身の損失に対する影響は小さいですが、図3に示すようにスイッチング側デバイス(High side)に対しては、VDS変化の前に通常のスイッチング電流に上乗せされる形でリカバリ電流が流れるため、非常に大きなTurn ON損失になってしまいます。したがって、インバータ回路におけるスイッチングデバイスは、trrが小さいものを選定することが重要となります。

ROHM Solution Simulatorによるシミュレーション結果。インバータのスイッチング側デバイス(High side)のTurn ON波形例およびtrrの大小とスイッチング損失の関係。
図3:スイッチング側デバイス(High side)のTurn ON波形例およびtrrの大小とスイッチング損失の関係

trr特性の違いによるスイッチング損失の比較

図4は、図1のインバータ回路のスイッチングデバイスに、一般的なスイッチング用途スーパージャンクションMOSFETであるR6047KNZ4を使用した場合と、特に内蔵ダイオードのtrrが高速であることを特徴とするPrestoMOS™ のR6050JNZ4に変更した場合(図1の黄色ボックス)の、スイッチング損失とスイッチング波形のシミュレーション結果です。

ROHM Solution Simulatorによるシミュレーション結果。trr特性の異なるスイッチングデバイスのスイッチング損失および波形の比較(シミュレーション)。
図4:trr特性の異なるスイッチングデバイスのスイッチング損失および波形の比較(シミュレーション)

シミュレーション波形が示す通り、trr特性の違いによりTurn ON損失に顕著な差が出ており、内部ダイオードのtrr特性が高速のR6050JNZ4の方が、R6047KNZ4に比べてTurn ON損失を約1/5に低減できることがわかります。ちなみに、R6047KNZ4の内部ダイオードのtrrは700ns(Typ.)で、R6050JNZ4は120ns(Typ.)と1/5以下です。

また、インバータ回路動作全体を通してスイッチングデバイス(MOSFET)の損失を分析すると、図5に示すように、trrによる損失が大きく影響することがわかります。

ROHM Solution Simulatorによるシミュレーション結果。一般のスイッチングMOSFETと高速trr MOSFETの損失分析。
図5:一般のスイッチングMOSFETと高速trr MOSFETの損失分析

この結果からも、インバータ回路ではスイッチングデバイスの内部ダイオードのtrrが高速のものを選定することが重要と言えます。

インバータ回路の損失分析による最適デバイスの選定

インバータ回路の損失を検討する際には、使用するパワーデバイスの選定も重要になってきます。所望の回路動作や特性を実現しつつ損失を最低限に抑える最適化が必要です。ここでは、パワーデバイスの損失について、スイッチング損失と導通損失に分けて分析することで最適なデバイスを選定する方法を示します。

シミュレーションに使用するインバータ回路

Power Device Solution Circuit一覧にあるインバータ回路中から今回は、「B-9. Motor Drive 3-Phase-Modulation Po=10kW」を例に使用します(図6)。このインバータ回路の黄色ボックスの内容を変更してシミュレーションを行うことで損失分析を行い、最適なデバイスの選定を行います。

ROHM Solution SimulatorのPower Device Solution Circuitインバータ回路 B-9. Motor Drive 3-Phase-Modulation Po=10kW図6:Power Device Solution Circuitインバータ回路B-9. Motor Drive 3-Phase-Modulation Po=10kW

損失分析方法

損失分析方法の説明のために、最初にDC-DCコンバータの例を示します。図7は、MOSFETのスイッチング時のVDS、ID、損失(Pd)、および損失を時間積分したエネルギー(E)のシミュレーション波形を示しています。ROHM Solution Simulatorでは、シミュレーション結果表示ツールのWaveform Viewerに含まれているWaveform Analyzerの演算機能を使って損失を積分することが可能で、エネルギー波形を容易に出力することができます。

図7のエネルギー波形を見ると、スイッチング区間(EonEoff)、および導通区間(Econd)の消費エネルギーが一目でわかります。また、カーソルの差分を読むことで、数値を得ることもできます。

DC-DCコンバータのように入出力が一定の場合は、1周期のエネルギーとスイッチング周波数の積から、スイッチング損失と導通損失をそれぞれ算出することができます。

ROHM Solution Simulatorによるインバータ回路のパワーデバイス損失分析。DCDCコンバータ回路のMOSFET波形図7:DC-DCコンバータ回路のMOSFET波形

しかしながら、インバータ回路の場合は図8に示すように負荷が変動するため、一部のスイッチング波形だけを見ても回路動作全体の損失を算出することはできません。

このようなデバイスの損失が一定でない回路動作については、損失波形を場合分けして、任意の部分だけ抜き出すことで、導通損失とスイッチング損失に切り分けて算出することができます。

ROHM Solution Simulatorによるインバータ回路のパワーデバイス損失分析。インバータ回路のMOSFET波形図8:インバータ回路のMOSFET波形

図9の左側の波形は図8と同様のインバータ回路のMOSFET波形で、その右側の波形は左側の波形の水色の破線で指定した分部の拡大波形です。右側の波形図で確認できる黄色線の波形は、導通損失を抜き出した波形です。

ここで行った場合分けは、導通損失のみを抜き出すために、「VGSがHigh」で「電力が導通損失の最大値以下」となる場合の電力を抽出しています。任意の波形が抽出できたら、1周期の平均値を求めて損失の割合を分析します。

図9の場合、トータル損失29.5W、導通損失20.5W(波形図中に示されているAverageの数値より)なので、スイッチング損失は9.0Wになります。よって、損失の割合は、導通損失70%、スイッチング損失30%であることがわかります。

ROHM Solution Simulatorによるインバータ回路のパワーデバイス損失分析。インバータ回路のMOSFET波形からの導通損失抽出(右側)図9:インバータ回路のMOSFET波形からの導通損失抽出(右側)

この例では、スイッチング損失と導通損失のみに分けましたが、場合分けの条件を細かく設定することで、ターンオン損失、ターンオフ損失、リカバリ損失、寄生ダイオード損失など、損失をより細分化することも可能です。

最適なデバイスの検討

図6に示した回路、「B-9. Motor Drive 3-Phase-Modulation Po=10kW」において、パワーデバイスであるMOSFETを変更した場合の各MOSFETの損失分析結果を図10に示します。

ROHM Solution Simulatorによるインバータ回路のパワーデバイス損失分析。シミュレーションによる例示したインバータ回路における各MOSFETの損失分析結果図10:例示したインバータ回路における各MOSFETの損失分析結果

MOSFETの機種名の数字3桁目と4桁目(R6050JNZ4であれば「50」)は電流定格(ID)を表しています。つまり、左からIDが50A、42A、30A、20Aの同じシリーズのMOSFETになります。

図10のグラフからは、電流定格が上がるほど導通損失(Conduction Loss)が下がり、逆に電流定格が下がるほどスイッチング損失(Switching Loss)が下がるという傾向を確認することができます。そして、図1の回路において最適なデバイスを選定する場合、トータル損失が一番少ないR6030JNZ4が最適なデバイスと判断することができます。

ハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路の特徴

回路設計や動作検証を行う場合には、その基本となる回路構成と動作の特徴を理解している必要があります。ここでは、ハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路について、ぞれぞれの特徴を説明します。

シミュレーションに使用するインバータ回路

「Power Device Solution Circuitのインバータ回路一覧」にある以下の2つを用います。

Solution Circuitの表題からもわかるように、B-3はハーフブリッジインバータ回路、B-4はフルブリッジインバータ回路です。図11と図12に回路図を示します。黄色ボックスは後述する特性比較シミュレーションで条件を変更する箇所になります。

ROHM Solution SimulatorのPower Device Solution Circuitインバータ回路B-3. Half-Bridge Inverter Vo=200V Io=100A図11:Power Device Solution Circuitインバータ回路B-3. Half-Bridge Inverter Vo=200V Io=100A

ROHM Solution SimulatorのPower Device Solution Circuitインバータ回路B-4. Full-Bridge Inverter Vo=200V Io=100A図12:Power Device Solution Circuitインバータ回路B-4. Full-Bridge Inverter Vo=200V Io=100A

ハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路のメリット・デメリット

表1に、ハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路の特徴を、メリット・デメリットの観点でまとめました。

メリット デメリット

ハーフブリッジ

  • ・スイッチデバイスが2つで構成できる
  • ・電流経路のスイッチが1つなので大電流用途に有利
  • ・直流電圧源が2つ必要
  • ・スイッチデバイスには2電源分の電圧がかかるため高耐圧が必要
  • ・直流電圧源1つ分の電圧までしか出力できない

フルブリッジ

  • ・直流電圧源1つで構成できる
  • ・スイッチにかかる電圧は1電源分
  • ・スイッチデバイスが4つ必要
  • ・電流経路にスイッチが2つ入るためスイッチの導通損失が大きい

表1:ハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路のメリット・デメリット

条件にもよりますが、回路の特徴を考えると、ハーフブリッジ回路は低電圧・大電流用途、フルブリッジ回路は高電圧・大電力用途に適していると言えます。

ハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路の動作比較

図13に、図11(ハーフブリッジ)と図12(フルブリッジ)の各回路において、イニシャル条件(Vin=500V)でのモジュールの損失を比較した結果を示します。出力電流Ioは50~100Aに変動する設定です(回路図黄色ボックス)。また、ここで言うモジュールとはハーフブリッジ1回路のことで、フルブリッジは基本的にハーフブリッジ2回路で構成されていると考えます。

ROHM Solution Simulatorによるハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路の特徴比較。ハーフブリッジ回路とフルブリッジ回路のモジュール損失比較図13:ハーフブリッジ回路とフルブリッジ回路のモジュール損失比較

シミュレーションによって損失を比較すると、ハーフブリッジはスイッチデバイスに2電源分の電圧がかかるためスイッチング損失が大きく、1モジュール当たりの損失はフルブリッジよりも大きくなっています。一方、回路全体の損失で見ると、ハーフブリッジ回路の損失以上にフルブリッジの2モジュール分の導通損失の方が大きいため、フルブリッジの方が損失は大きくなっています。

次に、ハーフブリッジ回路のVIN =500Vが1電源しかない場合を想定し、VIN =250V×2に分割するとどうなるかシミュレーションしてみます(図11の黄色ボックスの入力電圧)。

図14は、VIN=500V×2の場合とVIN =250V×2の場合の出力波形です。波形が示すように、VIN =250V×2の方は、VOが250Vで頭打ちになっていることがわかります。これは表1で示したハーフブリッジ回路のデメリットである、「1電源分の電圧までしか出力できない」ことが原因です。出力電圧の設定値VO =200Vは実効値にてピーク電圧は282Vとなるため、VIN =250V×2では電圧が足りません。

ROHM Solution Simulatorによるハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路ハーフブリッジ回路の特徴比較。ハーフブリッジインバータ回路のVin=500V×2とVin=250V×2の場合の出力波形の比較図14:ハーフブリッジ回路のVIN =500V×2とVIN =250V×2の場合の出力波形の比較

このようにハーフブリッジインバータ回路とフルブリッジインバータ回路には、それぞれメリットとデメリットがあり、どちらが良いかは一概には言えません。それぞれの特徴を理解して、用途に応じて適切に使い分けることが重要です。

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