-FRAを利用できない場合は、シミュレーションで対処可能ということでした。
それでは、実際にシミュレーションを実施して、実測値との比較を行ってみたいと思いますが、いくつか前提条件や理論的な話を先にさせてください。そのほうが波形などを確認する際に理解が早いと思います。
最初に検証に使う電源ICですが、代表的なダイオード整流のDCDCコンバータBD90640EFJを使います。標準的な回路構成と内部ブロック図、また、特長を示します。
主な特長
・最大入力電圧:42V
・入力電圧範囲:3.5~36V
・出力電流:4A(Pch MOSFET内臓)
・スイッチング周波数:50k~600kHz、
±10%精度
・低スタンバイ電流:0µA
・可変出力電圧
・リファレンス電圧精度:0.8V±2%
・100%デューティサイクル可能
・過電流保護、サーマルシャットダウン搭載
・HTSOP-J8パッケージ
続いてこちらの回路図はBD90640EFJの評価ボードの回路で、各特性の実測はこのボードを使って行います。BD90640EFJのシミュレーションモデルも、FRA接続用のR100を除いて、この回路と同じ仕様になっています。
BD90640EFJ-C 評価ボード回路と仕様
BD90640EFJには、VCという端子があります。この端子は内部ブロック図を見るとわかりますが、内部エラーアンプの出力に直接つながっています。この端子に外付けする位相補償用の抵抗R3とコンデンサC1で帰還ループの位相補償、つまり周波数特性の調整を行います。今回の検証では、C1を固定したままR3の抵抗値を変更することで周波数特性の変化を確認します。
そしてこの図は、位相補償回路の動作、そして位相補償抵抗R3との関係を説明したものです。
位相補償は、VC端子に接続するR3とC1により、IC内部で発生する位相の遅れ(ポール)をキャンセルするための位相進み(ゼロ)を挿入することで行います。ポールfp1とゼロfz2を表す式を示します。
この図にある青枠の箇条書きとボード線図を見てください。R3=20kΩが評価回路の標準値で、中央にあるボード線図がそれに該当し、青いラインが位相特性、赤いラインがゲイン特性です。R3を3kΩに小さくした場合のボード線図が左側で、太いラインは比較用のR3=20kΩ時の標準特性、この条件での各特性は同色の細いラインで示されています。ちょっと見にくいかもしれません。R3を大きくしたボード線図が右側で、同様に細いラインがこの条件での特性です。
R3を小さくすると、ゼロ点fz2が高域にシフトします。R3=3kΩでは、20kΩ時の1.7kHzから11.3kHzにシフトしています。したがって、ゲインがより高域まで下がり続けます。ゼロクロス(Fc)は33.1kHzから8.7kHzと、より低域で起こります。その結果、位相余裕は増加しますが、応答は遅くなります。
R3を大きくすると、ゼロ点fz2が低域にシフトします。そのためゲインは低域で戻りが生じます。ゼロクロスはより高域で起こります。その結果、位相余裕が低下しますが、応答は速くなります。
-つまり、R3の抵抗値によってゼロの周波数が変わり、位相余裕と応答性が変化する。R3を減らすと位相余裕は増えるが応答が遅くなり、R3を増やすと位相余裕が減るが応答は速くなる、ということですね。
その通りです。抵抗値の増減と周波数特性の変化の関係は、調整時の拠り所になりますので重要です。
少し前置きが長くなってしまいましたが、実際にシミュレーションを行ってみたいと思います。シミュレーションには、今年2月からウェブサイトで提供を始めた「ROHM Solution Simulator」を使用します。ROHM Solution Simulatorは、MyROHMに会員登録するだけですぐに利用できます。すでに登録済み方はログインしてください。
ロームウェブサイトのホームにある「設計サポートツール」の「ROHM Solution Simulator」(キャプチャ画像①)をクリックすると、②のページが開きます。ページの中ほどにある「IC’s Solution Circuit」の「Switching Regulators」をクリックすると③のように一覧が開きます。この一覧の中から、「BD90640EFJ」の「Simulation」ボタンをクリックすると、ROHM Solution Simulatorが起動すると同時に、BD90640EFJのシミュレーション回路が開きます。Simulationには、「Frequency Domain」と「Time Domain」の2種類があります。今回は最初に周波数特性をシミュレーションするので、Frequency DomainのSimulationボタンをクリックしてください。Time Domainについては、あとで説明します。
シミュレーションが起動すると、④のような回路図をともなった「SCHEMATIC INFORMATION」画面が開きます。ICの型番など間違いがないことを確認して、回路図もしくは中央付近にあるRunマーク(▶)をクリックすると⑤の画面に切り替わり、シミュレーションと部品定数などの変更ができるようになります。各外付け部品の定数は評価回路と同じです。位相補償抵抗R3は赤丸で囲った部分になります。評価回路にはFRA接続用にR100が挿入されていましたが、この回路ではその部分に位相・ゲイン測定用の「AC Open-loop Transfer Function Measurement Loop Insert Model」が挿入されており、すでにこのモデルで取得したボード線図が示されています。シミュレーションは、⑤画面の上部、赤丸で囲んだ ▶ マークをクリックすると開始します。
目的であるR3を変更した場合の周波数特性を取得するには、R3をダブルクリックすると⑥のようなR3のProperty Editorが開くので、RESISTANCE_VALUEをデフォルトの20kから3kと62kに変更して、それぞれシミュレーションを実行します。数秒で結果が出力されます。
-今、PCでの実際の操作を見せていただきましたが、すごく簡単ですね。特に、ローカル側、会社や自分のPCに何かプログラムなどをインストールしなくても、すぐに使えるのがよいと思いました。しかも、シミュレーション結果がすぐに出力されたので驚きました。
ありがとうございます。インターネットに接続できればすぐに使用可能なので、まずは使ってみていただければと思います。特に、周波数特性をシミュレーションするために準備している
Frequency Domainの回路は、瞬時に結果を出せるよう独自のモデリングを行っています。
今回は、周波数特性のシミュレーション結果と実測した特性を比較検討します。それにはボード線図の他に、出力の負荷過渡応答波形によって位相補償が適正であるかどうかの判断をしますので、過渡応答波形が必要です。先ほど後で説明するといったTime Domainのシミュレーション回路モデルを使うと、負荷過渡応答の波形をシミュレーションできます。また、他にも回路の各ノードの電圧と電流の波形などのシミュレーションが可能です。
まず、Time Domainのシミュレーションモデル起動します。③で示したSwitching Regulatorsの一覧に戻っていただき、⑦で示すTime Domainの列にあるBD90640EFJのSimulationボタンをクリックします。④と同じようにSCHEMATIC INFORMATION画面が開き、同様に回路図か中央付近の マークをクリックするとシミュレーション画面になります(⑧)。⑧のシミュレーション回路は、基本回路は同じですが入力電圧投入時のスイッチングノードの電圧と出力電圧の起動波形をモニタできるシミュレーションになっています。DCDCコンバータの基本動作や起動時間などの確認に役立つ回路ですが、負荷過渡応答のシミュレーションを行うには、若干のモディファイが必要です。
ROHM Solution Simulator上では定数のパラメータの変更のみで、回路の変更や素子の追加はできないので、モディファイにはROHM Solution Simulatorのプラットフォームである「SystemVision® Cloud」へ移行する必要があります。移行は簡単で、シミュレーション画面右下にある赤枠で囲んだ「Edit in systemvision.com」のボタンをクリックするだけです。移行すると⑨のような画面になります。左サイドメニューに、コンポーネントの選択肢が現れるので、必要なものを選び画面上に展開して回路図をモディファイしていきます。
⑨は過渡応答特性のシミュレーションに必要となるパルス電流源(Current Source – Pulsed)と電流モニタ(Current Monitor)のコンポーネントを回路図上にドラッグして置いた画像です。⑩はパルス電流源が負荷となるように結線し、電流モニタを出力ラインに挿入し、プローブを出力電圧(青)と出力電流(赤)に接続した回路図です。これで、パルス電流源のパラメータを応答確認条件に別途設定し、周波数特性のシミュレーションと同じように位相補償抵抗R3の値を変更してシミュレーションデータを取得します。
-なるほど。基本となるシミュレーションモデルを使って回路をモディファイすれば、いろいろなシミュレーションができるわけですね。しかも、切り貼りする感じで簡単に。
そうですね。基本操作を覚えてしまえば、使うのは特にむずかしくはありません。では、シミュレーション結果と実測の特性を比較してみましょう。
まず、ボード線図ですが、位相、ゲインともに曲線の特徴はほぼ近似と言えますが、ゼロクロス周波数(Fc)はそれぞれにずれが認められます。これは、シミュレーションでは部品定数は許容差なしの値に設定され評価基板の部品との差が多少あること、実基板にある寄生成分がすべて反映されていないこと、理想動作であることなど、様々な要因によるものです。ただし、R3の増減に対する傾向はシミュレーションできており、目安として十分に役立つデータが得られています。例えば、セラミックコンデンサのDCバイアス特性を考慮した値を入れるなど、入力するパラメータの精度を上げることによって結果の精度もさらに上がります。
-先に確認した、R3の抵抗値によってゼロの周波数が変わり、位相余裕と応答性が変化する。R3を減らすと位相余裕は増えるが応答が遅くなり、R3を増やすと位相余裕が減るが応答は速くなる、という特性の変化ですね。
そうです。負荷過渡応答の波形からもそれを確認できます。同じ理由で波形は実測とまったく同じにはなりませんが、見ての通り特徴はうまくシミュレーションできていると思います。いずれの波形も、R3が小さくなると応答が低下し負荷の遷移に対して出力電圧が大きく変動する傾向を示しており、R3が大きくなると応答がよくなり出力電圧の変動が小さくなっています。
-R3=62kΩ時の実測波形の変動箇所がズームされていますが?
これは、負荷過渡応答時にリンギングが生じていることを示すためです。負荷応答がよくなった半面位相余裕が減少し、安定性が低下した結果です。
-DC/DCコンバータの周波数特性と負荷過渡応答のシミュレーションデータと実測データの比較をしたわけですが、この結果を総括してください。
まず、DC/DCコンバータの評価の中で、安定性と応答性は非常に重要な特性です。そして、これらの評価にはFRAを使って周波数特性を測定し、電源ICの位相調整用端子を使って最適化する必要があります。今回の例では、BD90640EFJのVC端子の位相補償抵抗の値を標準値から増減させて特性の変化を確認したわけですが、それを評価ボードや実機などの実物で行うには、FRAを接続するための基板の加工、抵抗やコンデンサなどの付け替え作業などを試行錯誤で繰り返すことになり、作業が大変なのはもちろん、近年の高密度実装の場合はそれらができないことも十分あり得ます。それ以前にFRAを利用できない場合も少なくありません。
シミュレーションを利用すると、今回見ていただいたように非常に簡単に部品定数の変更を行って特性を確認することができます。シミュレーション結果は基本的に実測とのずれを含んでいますが、部品定数の変化に対する変動の傾向を掴むことができるので、それを基に適正な部品定数の目星をつけることが可能です。シミュレーションを利用することで、DC/DCコンバータの周波数特性の最適化作業がかなり軽減され、設計のスピードアップにつながると考えています。
-ところで、ROHM Solution Simulatorですが、利用にあたって何か資料などはありますか?
ROHM Solution Simulatorの導入ページにアクセスすると、すぐにユーザーマニュアルとホワイトペーパーがダウンロードできるリンクを貼ってあります。また、概要や導入を説明した動画もあります。基本的にこのページから、ROHM Solution Simulatorに関する情報はすべてアクセスできるようになっています。
-今回利用したシミュレーション回路ですが、継続的に増やしていくと聞きました。
現在、大枠としてPower Device Solution CircuitとICs Solution Circuitがあり、いずれもパワー関連のアイテムです。パワーデバイスのアプリケーションは、高電圧・大電力であることから評価が非常に大変なので、シミュレーションを積極的に利用いただく意図があります。ICに関しては、今回のように設計や評価の補助として役立てていただきたいと考えています。どちらも、日々開発を進め対応数を増しているところです。
-どうもありがとうございました。
関連情報
今回ご紹介したDCDCコンバータBD90640EFJのシミュレーション回路は
以下リンク先から選択してご使用可能です。
▶ BD90640EFJ