【第12話】次のステージへ!スーパーエンジニアへの扉が開く時
2025.06.02
前回までのあらすじ
前回、モーターの駆動状態と保護動作について理解した一ノ瀬と二宮は自らの成長を実感。
モーターの状態を把握することが大切なことをスギケン先生の解説から学んだ。
一ノ瀬は未来のスーパーエンジニアとして活躍する自分を想像し、さらなる学びへの意欲を燃やす。
登場人物紹介
一ノ瀬(主人公) 新人エンジニア。中学生の頃からエンジニアを目指し続けて、遂にロームに入社。寝食を忘れてモータードライバーの勉強をするほどの情熱家。現在、一ノ瀬にしかドラとター子が見えていない。
二宮 一ノ瀬の同期の女の子。成績優秀でいつも1番。強気な性格だが努力家で、一ノ瀬にも一目置いている。スギケンの隠れ大ファンという一面もある。
スギケン ロームに所属するスーパーエンジニア。普段は優しいが、時に熱血。エンジニアの仕事に誇りと情熱を持っている。昔はスギケンにもドラとター子が見えていたが、今は見えない。
ドラ モータードライバーの妖精で、モーターに関わる人、詳しい人が大好き。 ター子に片思いしており、鈍感なター子にいつも振り回されている。
ター子 モーターの妖精で、ドラとは幼馴染。モーターに詳しく、その知識はドラを凌ぐほど。しっかり者のお姉さんでありながら、恋愛となると鈍感で、ドラの想いに気づいていない。
スギケン先生 プロフィール
ロームのモータLSI事業部で、アソシエイトフェロー(スペシャリスト職)として働いており、モータードライバーICの開発における各種技術アドバイスや、モーター特性を向上させるための新規駆動アルゴリズムの開発、社内外のモーター勉強会講師、モーター技術講演会なども開催しています。
開発に使われる技術知識




モータードライバー道場では、ここまでモータードライバーの入門技術を説明してきました。その内容は、モータードライバー単体の仕様説明だけではなく、ブラシレスモーターの回る原理から始まり、モータードライバーのモーター駆動動作や回路仕様、モーターの特性(出力特性、効率、騒音)、信頼性などモーターに関連する内容も含んでいます。これらの知識はモータードライバーの開発に欠かせないものとして説明してきました。ただ、新たな技術や課題解決などの技術開発を効率よくおこなうには、更に広く深い知識が必要です。この広く深い知識は、ここまでの入門技術(基礎知識)とは別の階層の知識といえます。
ここでは、技術開発に使われる知識の階層(レベル)の説明と、その知識の一部を紹介していきます。
第12話目次
知識の階層と開発の流れ
まず、技術や部品に関する知識にはさまざまな種類があることの説明をします。例えば抵抗器について、その役割や特性、定格などの知識は基礎知識といえます。この基礎知識があれば抵抗器を”知っている”といえますが、抵抗器に関わる知識にはこのほかにも、使用の知識(使用する側に対する知識、用途、使用環境、要望、課題など)や、根本の知識(材料、原理、構造、変遷など)があり、それらは前述の基礎知識に対して、広い知識、深い知識であるといえます。そして、抵抗器を開発する場合にはこの広く深い知識が重要となります。なぜなら、まず開発の目的、目標を決めるには使用の知識が必要であり、開発の成功に向けて課題の要因と解決策を考えるには根本の知識を使うからです。

モータードライバーの知識にも同じことがいえます。モータードライバーにも基礎知識、使用の知識、根本の(深い)知識があり、開発にはそれらの知識が必要です。更にモータードライバーはモーターを駆動するものであるため、モーターに関するそれらの知識があればより完成度の高い開発、解析ができるようになります。

このモータードライバー道場で説明してきた技術内容は、モータードライバーの知識の中では基礎の部分です。この知識は、モータードライバーを知るための重要な知識であると同時に、周りの知識内容を理解するために必要な知識であるため、最初に理解しておかなければなりません。
そして、その周りの知識とは、ブラシレスモーターの要素技術の知識、モーターとモータードライバーの使用に関する知識、モーター駆動の応用知識です。
要素技術の主な知識には、モーターの材料、モーター構造、制御アルゴリズム、回路技術の知識があります。これらの知識があることで、モータードライバーの高性能/高機能化や、問題の要因分析/解決方法を検討できます。

使用の知識には、用途、目的・環境、商品性能、要望・課題、市場動向などがあります。これらの知識は、モータードライバーの仕様を決める際の指標、判断材料となります。

モーター駆動の応用知識については、性能向上制御、高度な駆動動作を挙げておきます。これらの知識は前述の使用の知識から必要とされ、基礎知識と要素技術の知識の上に成り立っている知識といえます。

繰り返しになりますが、モータードライバーの開発はこれらの知識のそれぞれを理解し、かつ、組み合わせておこなうことが重要です。個別に知識を持っていても、下図のように課題、要因、改善、作成、効果、妥当性を繋げられなくては、開発は完了しません。モータードライバー道場では、これらを結びつけるための基礎知識を説明してきました。この後は、上述したような知識を蓄え、それを基に新たな技術を開発していくことになります。

道場の最後に、これらの広く深い知識のいくつかを説明していきます。
電気回路の深い知識
<ホール素子>
ホール素子はローターの永久磁石の磁極検出をおこない、ローターの位置を判断するために使用すると説明しました(第2話 ブラシレスモーターにおけるホール素子(ホールIC)を参照)。そこでは、検出信号(出力電圧)がホール素子を通る磁束密度に比例することを記載しましたが、ホール素子の出力電圧特性はこのほかに素材、電流量、温度にも影響されます。
例えば素材によって、電子移動度とバンドギャップが変わります(下表)。そして電子移動度がホール素子の感度、バンドギャップは温度特性に影響します。
ここでの感度とは、ホール素子に同じ大きさの電流を流し、同じ大きさの磁場に置いたときの出力電圧の大きさです(感度が高いと出力電圧が大きくなる。)。ただし、この感度は温度で変化します。また、同じ大きさの磁場内でも流す電流が大きくなれば比例して出力電圧も大きくなります。

温度特性について、インジウムアンチモン(InSb)、インジウムヒ素(InAs)、ガリウムヒ素(GaAs)の3つのホール素子の出力変化のイメージを下に示します。この特性は、定電流型と呼ばれる回路構成でホール素子を使用した場合の特性です。常温(25℃)や低温ではInSbは感度が高いため出力が大きいです。ただ、温度が高くなると著しく低下することがグラフからわかります。GaAsはもともとの感度が低いですが、温度による変化は少ないです。InAsはバランス型といえます。

この温度変化を抑える方法として、定電圧型と呼ばれる回路構成があります。ホール素子は温度によって抵抗値が変化します。例えば、InSbは温度上昇に伴って抵抗値が大幅に下がります。よって、定電圧を印加していると、出力電圧の低下を電流の増加で打ち消してほぼ一定の出力を得られます。この使用方法では出力電圧の変化を抑えられますが、流す電流は温度によって大きく変化するので注意が必要です。

なお、上の回路図ではホール素子は1つですが、3相モーターでは複数のホール素子を使うことがあります。その場合、ホール素子と電源の接続の方法には直列型と並列型が考えられるので、設計段階で選択する必要があります。

別の観点では、磁界の方向とホール素子の位置(傾き)の関係も重要です。素子に対して磁界方向が垂直の場合と垂直でない場合では、出力電圧に違いがあります。

ホール素子を使う知識は、モータードライバーのホール信号入力端子の仕様や、信号の精度(位置ずれ)に関わる課題、ノイズ処理方法、消費電力などの検討に役立ちます。
<パワートランジスタ>
モータードライバー道場では、パワートランジスタについて主にN型のMOSFETの説明をしてきました(第10話 パワートランジスタを参照)。MOSFETはゲートとソース間の電圧値に応じてオン/オフします。このスイッチングのときの速度(傾き)が、パワートランジスタの損失やノイズの発生に影響するため、ゲートに抵抗やコンデンサをつけてスイッチング速度を調整するのが、回路をつくる際の設計項目の1つとなっています。
このスイッチング動作を少し詳しく説明します。下図は、INに電圧を印加してMOSFETをオンさせたときの動作を示しています。グラフの横軸は時間です。INに電圧が印加されてから、下図のA、B、C、Dの順の動作を経てオンします。なお、この説明では、巻線電流が既に図の向きに流れており、MOSFETがオンする前は図の上方向に流れているとしています。また、オフの動作はこの逆の動作をたどります。
このような動作をすることを理解すると、VdsとIdのスイッチング速度を調整するには、Gにつながる抵抗やコンデンサの値をどうすればいいかや、INの電圧の調整も検討項目となることがわかります。

また、MOSFETの特性は温度により変化することも知っておく必要があります。例えば、許容損失は温度が上がると低下し、オン抵抗は温度が上がると増加します。このような特性の情報は過熱保護や電流制限の設計時に役立ちます。

このほかに、性能面ではデッドタイムが通電波形の歪みに関わり騒音に影響することや、信頼性面ではゲート発振やセルフターンオンと呼ばれる現象もあり、パワートランジスタ周辺の設計にはそれらの知識も必要です。
<昇圧回路>
ここでの昇圧回路とは、第10話の「レベルシフト」の説明にある回路(上側のN型MOSFETをオンさせるために、必要な電源をつくる回路)のことです。モータードライバーで多く用いられているチャージポンプ回路とブートストラップ回路について、簡単に説明します。
チャージポンプ回路の構成は下図のようになっています(パワートランジスタは1相分のみを図示しています)。この回路において、VCP1はGND電位とVDC電圧を周期的に繰り返す動作をします。VCP1電圧がGND電位のとき、C1にはVCC電圧がチャージされます。そしてVCP1がVDC電圧になったとき、その電圧はC2にチャージされます。この動作を繰り返すことで、VCPには常にVDC+VCC電圧が印加されます。モータードライバーICがこの電圧をHOとして出力すると、上側のパワートランジスタがオンします。

ブートストラップ回路は下図の回路構成です(1相ごとに構成します。よって、3相なら回路が3つ必要です)。この回路の動作は、まず下側のパワートランジスタをオンさせ、それによりVSがGND電位になるとC1にVCC電圧がチャージされます。この電圧がVBの電圧となります。モータードライバーICがVB電圧をHOとして出力すると、上側のパワートランジスタがオンします。このVBの電圧は、上側パワートランジスタのソース電位(図のVS)を基準につくられています。このため、上側がオン(下側はオフ)してVSがVDC電圧となっているときも、VBはVDC+VCC電圧となってオン状態を維持します。
なお、実際にはダイオードによる電圧降下、及びMOSFETのオン抵抗による電圧降下がチャージ電圧に影響しますが、ここでは説明を省いています。

この2つの回路を比較すると、ブートストラップ回路はVSがGND電位となる時間をつくらないとC1にチャージされないのに対し、チャージポンプ回路はVCP1電位をIC内で動かすことで、いつでもC1、C2にチャージできるのが利点です。しかし、上側のパワートランジスタをオンする際の電源としては、VSを基準にVCC電圧が上乗せされているブートストラップ回路の方が安定しているといえます。また、部品点数の違いもあるので、これらを理解し最適な設計をする必要があります。
昇圧回路では、例えばVCP1の周波数の設計が電気的ノイズの発生に影響し、C1などのチャージ電圧の低下に関する設計がパワートランジスタのオン/オフの安定性に関わってきます。
構造と材料の深い知識
<極数とスロット数>
第2話の「モーターの極数とスロット数とは」に記載している、極数とスロット数の構成について説明します。
3相のブラシレスモーターの極数とスロット数の基本は2極3スロットの構成で、この2:3の比率のまま、4極6スロットや8極12スロットなどの構成にできます。極数が少ないモーターは、モーターの1回転での電気周期の数が少ないので高速で回す用途に向いています。極数が多いモーターは、電気角に対する機械角が小さくなるので位置制御などの制御性を上げやすいといえます。

スロット数が多いと、1つのティースに巻く導線の巻数を減らせます。下図は、6スロットと12スロットの巻線のイメージです。スロット数が2倍になると、巻数を分散させて1つのティースの巻数を半分にできます。巻線は図のように重ねて巻くことが多いですが、重ねるほど1巻きの径が大きくなるので1巻きするために必要となる導線の長さは増えていきます。これは重ねて巻くほど抵抗値の増加量が大きくなることを意味しています。よって、巻線の径を小さくできる12スロットは抵抗値を下げられ、銅損の低減、モーターの高効率化を実現できます。また、縦方向の長さも抑えられるため、モーターの薄型化にも寄与します。
ただ、多極、多スロットのモーターは機械的な角度のばらつきが電気角に換算した際に大きくなります。したがって、制御開発では例えばホール信号のばらつきが大きくなることを考慮した設計が必要となってきます。

極数とスロット数の組み合わせには、比率が2:3ではない、8極9スロットや10極12スロットといったものもあります。この構成のモーターは、巻線係数と呼ばれる特性値が変わってきます。巻線係数は短節係数と分布係数の掛け算で算出されます。
短節係数は磁石の幅とティース先端の幅を角度に換算して三角関数で計算し、最大値は1です(下図の計算式参照)。分布係数は、各相のコイル(12スロットなら各相4つずつ)が対面する磁石との位相差(≒それぞれに発生する誘起電圧の位相差)から、計算されます。位相差がなければ1となります。巻線係数が1に近い方が磁石を有効に使えているといえ、モーターの効率が高くなる傾向にあります。

この巻線係数が8極12スロットでは0.866ですが、10極12スロットでは0.933となるので、効率の上昇が期待できます。ただし、効率の面以外では、巻線工程の煩雑さや、電気的アンバランスが起こりやすい、ステーターにかかる力が偏る、などの課題が考えられます。
モータードライバーとしては、モーターの高効率化によって巻線電流が減少すれば、パワートランジスタの許容損失の設計に余裕が出る可能性があります。反面、電気的アンバランスの発生は考慮する必要があります。
<SPMとIPM>
ここでのSPMとIPMは、インナーローター型ブラシレスモーターのローターの構造のことです。永久磁石をローターの表面に配置したものをSPM(表面磁石型:Surface Permanent Magnet)、中に配置して磁気突極性を持たせたものをIPM(埋込磁石型:Interior Permanent Magnet)といいます。それぞれを使うモーターをSPMモーター、IPMモーターと呼ぶこともあります。なお、第10話の「モータードライバーの形態」にもIPMという用語がありますが、そこでのIPM(Intelligent Power Module)は、レベルシフトとパワートランジスタを1つのパッケージに入れたICのことです。モーター用語の中にある同じ頭字語なので、前後の流れからどちらを意味しているか判断する必要があります。
SPMローターには、樹脂マグネットで形成されたものや、鉄心(コア)に磁石を貼り付けたものなどがあります。表面を永久磁石が覆っているため、磁気突極性はなく、磁石トルクだけを利用してモーターが回ります。

IPMローターは、鉄心の内部に永久磁石を埋め込んだ構造となっています。磁気突極性を持つように永久磁石を配置し、磁石トルクとリラクタンストルクの両方を利用します。この2つのトルクの最適な比率はモーターの出力や大きさによっても変わるため、配置方法はさまざまな形が考案されています。磁石トルクとリラクタンストルクを有効に利用できるよう設計されたIPMモーターは、SPMモーターより最高効率を高くできます(すべてのブラシレスモーターに当てはまるとは限りません)。

この2種類のモーターを駆動制御する場合、最適電流位相の違いを理解する必要があります。SPMモーターで磁石トルクを得るときの最適な電流位相は、ローターの磁石に対して電気角で90度の位置に巻線磁界を生成する位相です(下図)。一方、リラクタンストルクは下図のような位置で、突極性のある鉄心に対して45度の位置です。IPMモーターは、この2つのトルクの合計が最大となる位置に巻線磁界を生成する必要があります。

このトルクを、係数を用いて表すと下記の式になります(簡略化しています)。Aのある項が磁石トルク、Bのある項がリラクタンストルクを示しています。この式からトルクTが最大となる電流位相θを導き出すことになりますが、AとBはIPMローターの構造によって変わります。また、電流との比例関係が磁石トルクは1乗、リラクタンストルクは2乗となるため、最適電流位相は出力トルクの大きさによっても変化します。
\(T = A \cdot i \cdot \cos\theta + B \cdot i^2 \cdot \sin 2\theta\)

IPMモーターで高効率を実現するには電流位相の制御が重要となります。また、SPMとIPMの磁石配置の違いは、ホール素子でのローター位置検出に影響することも理解しておく必要があります。
<永久磁石>
永久磁石はブラシレスモーターの特性に大きく影響する部材です。その仕様には主に、磁石材料、成形方法、配向による分類があります。
まず、磁石材料にはネオジム磁石とフェライト磁石があり、これらは残留磁束密度や保磁力、温度特性などに違いがあります。ネオジムは希土類(レアアース)素材ですが、フェライト磁石は酸化鉄が主成分であるため比較的入手しやすいのが特徴です。

成形の方法としては、主にボンド磁石と焼結磁石があります。ボンド磁石は磁石材料と樹脂材料を混ぜ、射出成型により所望の形状に成形します。焼結磁石は磁粉を焼き固めて成形します。焼結収縮するため、寸法の精度を出すことが難しい磁石といえます。磁力は、焼結磁石の方が高い傾向にあります。なお、材料としてはネオジムもフェライトも使用可能です。

配向とは、磁石材料の結晶の向きをそろえること、そろっていることを表します。結晶には磁化が容易な方向と困難な方向が存在します。よって、その結晶の向きがそろっていない磁石とそろっている磁石では特性が変わってきます。
向きをそろえていない(配向されていない)磁石を等方性磁石といいます。この磁石はさまざまな方向に磁化することが可能です。
向きをそろえている(配向されている)磁石を異方性磁石といいます。この配向は、磁石を成形するときにおこないます。この配向の向きに磁化することで等方性磁石に比べて磁力を強くできますが、成形後に磁化の向きを変えることは困難です。異方性には、ラジアル異方と極異方といわれる配向の形状があります(下図)。ラジアル異方のローターは矩形波着磁、極異方のローターは正弦波着磁に向いています(着磁の波形については、第4話「ブラシレスモーターの誘起電圧波形」を参照)。

これらの特性の違いは、モーター制御に影響を与えます。例えば保磁力(減磁特性)の違いは電流制限の考え方に影響し、高温での磁束密度の低下は誘起電圧やホール信号の検出に関わってきます。成形方法や配向は着磁のばらつきや誘起電圧の歪みに関係することがあるため、トルク脈動の観点でモーター制御との関わりを考察する必要があります。
使用の知識
<ファン負荷>
モーターが使われる用途として、風を送るためのファンがあります。扇風機や換気扇、パソコンなどの電気機器の空冷、エアコンの送風など、風を送るためにさまざまな形のものがあります。これらのファンを回すモーターにもモータードライバーICが多く使われています。

モーター(モータードライバー)の制御対象としてファンをみると以下の特徴があります。
・回すために必要なトルクは、回転数の2乗に比例する
トルクが2乗で増えるということは、モーターの電流も2乗で増えていくということ。また、出力は3乗、銅損は4乗で増加することや、印加電圧と回転数が1乗での比例ではないこともわかる。

・イナーシャがある(オン、オフ時の観点)
イナーシャ(慣性)により、加速時はトルクが必要で、モーターをオフしてもすぐには止まらない。扇風機やエアコンの送風用途では急加速は重要視されないが、CPU空冷用などでは目標回転数への到達時間が重要な場合もある。また、オフした後も誘起電圧が継続して発生することは覚えておく必要がある。
・イナーシャがある(定速時の観点)
イナーシャにより、一定速で回り続ける力が作用する。モーターの出力トルクの変化や外乱(外風など)があっても、ある程度回転の速度は維持されることを前提に、モーター駆動制御を構築できる。
・回転方向は固定
特別な設計のファンでない限り、回転方向は一定である。頻繁に回転方向を切り替える動作をしないことを前提にモーター駆動制御を構築できる。
・風切り音がある
ファンが回ると風の音が発生する。この音は回転数が高くなると大きくなる。この音に埋もれる他の騒音は問題視されないことがある。
・外風で回る、外風を受ける
外風で回される環境にあるファンもあり、その状態からの起動(モーター駆動を開始)を求められることもある。その場合は逆転状態からの起動もある。また、回転中の追い風、向かい風によるトルクの変化も想定する必要がある。
・モーターに風があたる
ファンによる風がモーターにあたるような構成では、モーターが冷却されることもある。ただ、温風を流すような構成では温められることもある。
・空気の流れが変化すると負荷トルクが変わる
風の流れ道をふさいだり、ガイドを外したりするとファンの回転数-トルクの特性カーブが変化する。また、下図のようなファン付きのモーターは、製品に組み込まれたときと外に出したとき(単体の状態としたとき)とで特性が変わることもある。

ファンを回すためのモーターのモータードライバーを設計する際には、上記のことを理解しつつ、駆動方法や通電波形アルゴリズム、騒音や効率、温度保護などの設計、課題解決をしていきます。
駆動の応用知識
<モーター制御>
まず、モーター制御(ブラシレスモーターを動かすことに関する制御)には、いくつかの階層(レベル)があることを説明します。下図はその概念図で、最も上位にあるのは、モーターのオン/オフやそのタイミングの制御(状態制御)です。これは、主にモーターを搭載する商品のコントローラーが担当する制御部分のイメージです。その次に、速度やトルク、ローター角度(位置)の制御(出力制御)があります。そして、モーターの駆動制御です。ここは、巻線への電圧の印加波形やタイミングを制御し、実際にモーターがトルクを得る動作をさせるための制御部分といえます。この駆動制御の中に、性能を付加する制御(付加制御)として進角制御やローター位置検出などがあります。
最も簡単なものは、状態制御と駆動制御だけで構成できます。ここに、回転数や回転角度などの管理を加えるなら、出力制御を追加します。また、モーターの性能や機能を向上させたい場合には、駆動制御に合わせた付加制御を検討し追加します。
※状態制御などの用語はここでの制御の概念を表すもので、他の意味合いで使用されることもあります。

この道場で説明してきた内容は、このような制御のレベルの中の主に「駆動制御」と「付加制御」の基礎部分です。ここでは、もう少し広く深い技術内容として、駆動制御部分については「磁界の制御方法」と「通電波形制御」を、付加制御部分については「性能向上制御」をいくつか紹介します。

・磁界の制御方法の例
<電圧方向制御>
モータードライバーがローターの位置を把握し、その位置に応じて巻線にかける電圧の方向(電気周期における角度)を制御する方式。ローター位置情報をそのまま通電波形に置き換えて出力する仕様といえるため、制御アルゴリズムが比較的シンプル。モータードライバーICで広く用いられている方式であり、この道場ではこの方式を前提に説明している。

<ベクトル制御(FOC)>
FOC(Field Oriented Control)は磁場方向制御。モータードライバーがローターの位置を把握し、その位置に応じた向きに磁界をつくる制御。磁界の方向の制御とは、巻線電流の制御であり、所望の電流が流れるように巻線に印加する電圧を算出している。そのため、一般にはモーター巻線の抵抗値やインダクタンス、誘起電圧定数など電圧算出に必要なパラメータが必要となる。電流指令によってトルクの制御が容易となるので、位置制御への使用に適している。また、電流値と位相を調整できるため、前述のIPMモーターの制御にも向いている。各種パラメータを用いた電圧算出が必要であるため、制御アルゴリズムは比較的複雑で、モータードライバーにはマイコンが使われることが多い。

<強制同期駆動>
ここでの強制同期駆動とは、モータードライバーがローター位置を把握せず、任意の回転速度で磁界を回す制御のこと。磁界にローターがついてこられるように回転速度と電流の大きさ(印加電圧の大きさ)を調整する。この方式でモーターを回し続けることも可能だが、効率面と信頼性面(脱調)に課題があるため、ローター位置を把握できない状況での一時的な駆動方法として用いられることが多い。ローター位置を把握できない状況とは、例えばセンサレス駆動の起動時などが想定される。仮想のローター位置を生成することで印加電圧をつくれるため、モータードライバーICでもマイコンでも対応が可能。

・通電波形制御の例
<120度矩形波通電>
電圧方向制御の通電波形の1つ。ローター位置を6区間に分けて電圧印加方向を変えていく。3つのホール素子からの信号とPWM信号で簡単に生成が可能。トルク脈動は他の通電方式に比べて大きい。

<150度通電>
電圧方向制御の通電波形の1つ。広角波通電や台形波通電ともいわれる。ローター位置を12区間に分けて電圧印加方向を変えていく。3つのホール素子からの信号の簡単な論理回路では波形を生成できないため、逓倍回路が必要。ここでの逓倍回路とは、電気角60度を示す信号から、30度や10度、1度などの角度信号を生成する回路のこと。通電の形状によっては120度矩形波通電よりトルク脈動を抑えることが可能。

<正弦波通電>
電圧方向制御の通電波形の1つ。ローター位置を任意の区間に分けて電圧印加方向を変えていく。区間を細分化するほど、正弦波波形に近づき、トルク脈動の抑制を期待できる。細分化には150度通電と同様に逓倍回路を使用する。下図の波形は純正弦波をPWM制御で実現する場合の波形。正弦波通電には、このほかにも2相変調正弦波などさまざまな波形がある(第7話「ブラシレスモーター:正弦波駆動のさまざまな波形」を参照)。

・性能向上制御の例
<進角自動調整制御>
電圧方向制御の性能向上制御の1つ。第7話の「ブラシレスモーターの進角制御(進角調整)」で説明した進角調整の調整角度(位相)を、自動で調整して高効率を維持する制御。自動調整の方法はいくつかある。正弦波通電の巻線電流位相を検出し、所望の位置に位相が合うように電圧位相を調整するものや、ある状態値(回転数、電流、印加電圧指令など)に合わせて電圧位相を変化させるものもある。後者の制御では、あらかじめ状態値と進角量の対比率を決めておく(モーターの仕様ごとに調整する)ものが多い。これらの制御をおこなうには、印加電圧と巻線電流の位相関係や、電流検出の知識、回路の知識、制御アルゴリズムの知識などが必要。なお、ベクトル制御はもともと電流を調整する制御であるため“進角調整”の概念はあまり論じられない。
<ローター初期位置検出>
ホール素子などの位置検出器を用いない駆動制御(センサレス制御)で使われる性能向上制御の1つ。モーターの回転状態が変化しない程度の瞬時電流を巻線に流し、そのときの電流や巻線電圧の振る舞いからローターの現在値を検出する方法が広く用いられている。この制御は、永久磁石の磁束によるモーター巻線のインダクタンスの変化、鉄心(コア)の磁気飽和現象の知識が必要。
<回生抑制>
回生が発生しないようにする制御。モーターの回生エネルギーは活用することもできるが、電源回路が電力の吸収に対応していない場合は電源電圧の上昇によって信頼性面に影響が出ることがある。供給電圧の下げ方や、パワートランジスタのスイッチング方法(第7話の「ブラシレスモーター:同期整流(上下PWM)」を参照)の最適化などが検討されている。この制御には、モーターのイナーシャ、誘起電圧発生メカニズム、PWM制御などの知識が必要。
<電流制限>
ここでは、主に電圧方向制御で使われる性能向上制御の1つとして紹介する。モータードライバーのパワートランジスタ及びモーター巻線に流す電流を制限する制御。電流が所定値(しきい値)を超えたときに、電圧供給を一定時間オフするものや、PWM制御のDutyを調整するものもある。オフをするときのスイッチング方法もいくつかあるため、目的や用途によって使い分ける。この制御には、損失や発熱、回路、PWM制御、制御アルゴリズムの知識が必要。
ここで紹介した制御はモーターを駆動するための制御の一例で個別に説明していますが、制御にはそれぞれに関連があります。それは、付加できる制御かどうかや付加する必要がないか、相反するものか、同時に実現できないものか、などです。例えば前述したように、ベクトル制御に進角自動調整制御を付加する必要はありませんし、また、そのベクトル制御を実現するために120度矩形波は現実的ではありません(ベクトル制御では、電圧方向制御にあるような通電波形は議論されません)。
したがって、モーター駆動制御(モータードライバー)を構成する際には、それぞれの制御の意味を理解し、目的や課題に応じて組み立てていく必要があります。
以上で、モータードライバーの開発に使われる知識の紹介を終わります。ここで紹介した知識の階層(レベル)については1つの考え方で、違う目線での技術の括り方もあるかと思います。ただ、なにか新しいものの開発や課題を解決する場合には、広く深い知識と、その知識を結びつけて考える技術開発力が必要なことに変わりありません。そして、知識と課題から新たな知識(技術)を増やしていっていただきたいです。この道場の内容がその最初の知識の1つになれば幸いです。
この記事のポイント
・モータードライバーに関する知識には、基礎知識だけでなく要素の技術の知識やモーターやモータードライバーを使用する知識、駆動の応用知識がある。
・それらの知識から必要性や課題を見出し、その対応策を具現化するのがモータードライバーの開発である。
・ホール素子やパワートランジスタ、昇圧回路などをモータードライバーに使う際にはそれぞれの深い知識が必要である。
・極数とスロット数やSPMとIPM、永久磁石などの深い知識は、モータードライバーの仕様設計に反映できる。
・ファン負荷の知識を持つことで、モータードライバーの仕様を最適化できる。
・モーター制御にも、オン/オフの制御や速度などの制御、駆動制御、性能を付加する制御などの階層がある。
・それぞれの階層の制御にも関係性があるので、制御の意味を理解して目的や課題に応じて組み立てる必要がある。
・ここで紹介した知識の階層(レベル)については1つの考え方だが、新しいものの開発や課題を解決するには広く深い知識と、その知識を結びつけて考える技術開発力が必要であることに変わりはない。



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- 【第10話】疑問の先に!エンジニア一ノ瀬の学び
- 【第11話】学びと成長!モーターを回すだけではない仕事
- 【第12話】次のステージへ!スーパーエンジニアへの扉が開く時
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