スギケン先生のモーターライブラリー|モーターの疑問解説コーナー
~ なぜ誘起電圧からローターの位置がわかる? ~
2024.11.19
今回の疑問は「なぜ誘起電圧からローターの位置がわかる?」です。もう少し詳しく書くと、ブラシレスモーターの巻線に発生する誘起電圧を観測することでローターの位置が推定できるのはなぜだろう、となります。誘起電圧とローター位置の関係はブラシレスモーターを駆動する際の重要な知識となるので、ここで解説していきます。
●疑問の内容
今回の疑問は、次のような経験をしたときに感じる疑問です。
誘起電圧といえば、ブラシレスモーターのシャフトを持って手で回したりすると巻線端子に表れる電圧のことですが、その誘起電圧を検出(?)しただけでローターの位置が把握できる理由がわかりません。

確かに、ブラシレスモーター用のモータードライバーの中には、センサレス制御を搭載してホール素子などの位置センサを使用せずにモーターを回すことができるものがあります。このセンサレス制御にはさまざまな方式がありますが、今回の疑問にあるとおり、誘起電圧の波形、特にそのゼロクロス点を検出してローター位置を推定する方式は広く使われています。
この誘起電圧とローター位置はどのような関係にあるのでしょうか。ここでは誘起電圧の発生原理を糸口としてその関係を解説していきます。

ブラシレスモーターの誘起電圧
まず、誘起電圧とは電磁誘導現象によって巻線(コイル)の両端に発生する電位差のことです。ここでの電磁誘導とは、コイルの中を通る磁束の量が変化した場合に、その変化に反発する(元の磁束量を維持する)磁界を発生させる向きにコイルに電圧が発生する現象です。例えば、下図(中)のようにコイルに対して磁石(N極)を近づけると、コイル内の右向きの磁束が増加します。すると、その増加を抑えるようにコイルは左向きの磁界を発生させようとします。左向きの磁界をつくる電流の向きは、右手の法則に従って図のような向きになり、また、その向きに応じた極性の電圧がコイルの両端に発生します。反対に、磁石を遠ざけると磁束が減少するため磁束を増やす方向の電流、電圧が発生します(図(右))。

このコイルの両端に発生する電圧の大きさは磁束の変化の大きさに比例します。よって、誘起電圧(\(V_{bemf}\))は、磁束量の微分で表されます(下式)。ここで、式中にコイルの巻数\(n\)がありますが、これは誘起電圧の大きさが巻数に比例することを示しています。また、磁束\(Φ\)はN極をプラスとし、電圧の基準を図のコイルの左側の端子とすると式にマイナスがつきます。

この誘起電圧の発生現象をモーターの動作に置き換えて考えると下図のようになります。図は、永久磁石でできたローターがステーターの中で回ったときの、ステーターの中を通る磁束の変化をイメージしたものです。
永久磁石のN極から出た磁束が、S極に入る経路を示しています。下図の「1」のローター位置ではコイルAのティース(下図参照:導線が巻かれた磁性体の部分)はS極と対面しており、そのS極へ向かう磁束が通っています。そこからローターが左回転すると(図の「2」)、Aのティースの先端の一部はN極と対面し始め、S極との対面面積が減るためコイルを通る磁束は減少します。さらにローターが回転すると、図の「3」のようにコイルを通る磁束はゼロとなります(図示していませんが、さらに回転するとN極から出ていく磁束が通る量が増えていきます)。

このようにモーターの場合、永久磁石が近づくや遠ざかるというよりは、回転によってコイル(ティース)が対面する磁石の磁極や、磁束密度が変化していくイメージで誘起電圧が発生します。
以上がブラシレスモーターの誘起電圧発生の説明です。
ローター位置と誘起電圧波形
前述の誘起電圧の発生原理から、ローター位置と誘起電圧波形の関係を考えてみようと思います。ですが、先にそもそもローター位置とは何であるかを説明しておきます。
ローターの位置を把握すると言っていますが、位置を示すには基準が必要です。この基準とは、例えば緯度や経度といった地球上の位置は北極点や天文台が基準であり、100m先と言われれば言った人や書かれた看板が基準です。では、ローターの位置の基準となるものは何でしょう。それを理解するにはローター位置を把握する理由を知る必要があります。
ブラシレスモーターを駆動する際にローターの位置を把握する理由は、簡単にいうと、その情報を使って巻線磁界をどこにつくるかを決めたいからです。ブラシレスモーターは、ローターの永久磁石と巻線磁界の引力/斥力を使って回るので、その力を得るために永久磁石に対してどの位置に巻線磁界をつくるかが重要です。したがってローターの位置を示す基準は巻線とします。具体的にローター位置として示すのは、ローターの永久磁石とステーター巻線との相対位置(角度)となります。
例えば、下図のようにローターの位置として「N極がU巻線に対して〇〇度の位置にある」と把握することで、そのローターを所望の方向に回すにはどの位置に巻線磁界をつくればいいかを決めることができます。
(ここでのN極とは、N極部分の中心の位置のことです。ローター位置の表し方としては、このように極の中心位置を基準とする場合と、極の変わり目(極間)を基準とする場合があります。後者の場合「S極からN極になる位置がU巻線に対して〇〇度」という表現になります。また、U巻線に対して、というのはU相巻線が施されたティースの中心の位置を指します。)

ローター位置の基準となるものが巻線であるとわかったので、つづいてローター位置と誘起電圧波形の関係について考えていきます。
まず、誘起電圧波形を考えるには磁束の量(\(Φ\))を決めておく必要があるので、ここではローターの着磁波形(永久磁石の磁束分布)は下図のような波形であるとします。この波形は一般に正弦波着磁と呼ばれる着磁波形で、磁束密度が正弦波状に分布するように着磁されています。

このローターが、巻線に対して1回転したときに巻線(ティース)を通る磁束量がどのように変化するか、誘起電圧がどうなるかを下図に示します(繰り返しになりますが、ローターの位置の基準は巻線(ここではステーターとの位置関係)です。)。下図には、ティースを通る磁束量をイメージしやすくするために、ローターが1から5の位置にあるときのティースを通る磁束のイメージも載せています。

ローター位置が1のときは、磁石のN極とS極の両方に対面しているので、ティース内を磁束はほとんど通りません。よって、ティース磁束量はゼロです。そこからローター位置2に向かうようにローターが左回転すると、ティースと対面する磁石はN極の領域が増えていきます。磁石の着磁波形は正弦波であるとしているので、このときにティース磁束量は正弦波状に増えていきます。そして、ティース磁束量はローター位置2で最大となり、位置3になるとまたゼロとなります。ここからさらに左回転して位置4で磁束量(S極向き)が最大となり、位置5でゼロとなります(位置1に戻ります)。
このローターの動きによって図のような誘起電圧が発生します(誘起電圧はティース磁束の変化量(微分)にマイナスをかけたもの。)。
ここまでの説明からわかるように、ローターの位置とティース磁束量、及びローターが動いた場合の磁束量の変化、それから発生する誘起電圧の関係というのは決まっており、変わることはありません。これが、誘起電圧からローター位置(巻線との相対位置)が把握できる理由です。
この関係から、例えば誘起電圧がマイナスからプラスになるゼロクロス点を検出すれば、そのときにローター位置が巻線(ティース)に対して2の位置にあることがわかります。また、プラスからマイナスになる点では4の位置にあることがわかります。このようにしてローター位置を把握することで、巻線磁界をどの方向につくるか決めることができます。
このほかのローター位置も推定しようと思えば理論上はできないことはありません。が、誘起電圧の大きさがモーターの回転数によって変わることや、永久磁石の磁束分布が変われば誘起電圧波形が変わること、誘起電圧の大きさを検出する手段が必要となること、などの課題をクリアする必要があります。なお、ゼロクロス点の検出はコンパレータ回路があれば比較的簡単におこなえます。
ローター位置の参考として、下図に3相スター結線の場合のU相、V相、W相のそれぞれの誘起電圧とゼロクロス点でのローター位置を示します(ローターが左回りの場合です。)。

以上で、今回の疑問「なぜ誘起電圧からローターの位置がわかる?」の解説を終わります。
まとめると、
・ブラシレスモーターの誘起電圧は、巻線(ティース)を通る磁束の量が変化することで発生する。
・ローター位置を示す基準となるのは巻線(ティース)である。
・巻線(ティース)を通る磁束の量はローターの位置で決まってくる。
・誘起電圧波形をみることで巻線に対するローターの位置がわかる。
となります。
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