【第7話】まだこれから!一ノ瀬たちのモータードライバー道場
2023.06.06





ここからは、モーターの静音性に大きく影響する出力トルクの脈動と、脈動が少ない正弦波駆動について、以下の10項目に分けて説明していきます。最初はモータートルクの脈動についてです。
第7話目次
- ・トルクの脈動とは
- ・正弦波通電(正弦波駆動)とは
- ・正弦波駆動の波形
- ・同期整流(上下PWM)
- ・正弦波駆動の電源電流
- ・正弦波駆動のトルク脈動
- ・正弦波電流のタイミング
- ・正弦波電流の位相変化
- ・進角制御(進角調整)
- ・正弦波駆動のさまざまな波形
ブラシレスモーター:トルクの脈動とは
モーターの出力トルクに関しては、以前のいくつかの記事で説明してきましたが、ここで出力トルクに関して少し整理します。これまで使ってきた出力トルクという言葉は、大きく2つの意味を含んでいます。1つはS-T特性の記事で説明した出力トルクで、これはモーターが負荷体を回している際に出している平均トルクを指しています。もう1つは次の式で示す出力トルクで、瞬時のトルクです。平均トルクは、モーターが回せる負荷の範囲やモーター効率を検討する場合に使われます。瞬時のトルクは、モーターの振動や騒音を検討する場合に考慮されるトルクの概念です。

瞬時のトルクは上記の式が示すように、「sinθ」と「電磁石磁力の大きさ」の積になります。よって、これらが一定でない場合、トルクは脈を打つように変動します。これをトルク脈動と呼んでいます。トルクの脈動は、モーターの主要性能の1つである静音性に大きく影響します。まず、120度通電を例にトルク脈動について説明します。
式の出力トルク(総合トルク)における電磁石磁力は、3相の巻線が発生させる磁力のベクトル的な合成磁力を表しています。ここまでの記事では、出力トルクはこの電磁石合成磁力と永久磁石磁力の2つ磁力よって発生するとして説明してきましたが、ほかの考え方として3相を合成する前の相ごとのトルクを計算し、それを足したものを総合トルクとする計算方法も使うことができます。
相トルクも総合トルクと同じ関係式ですが、電磁石磁力はその相のものだけで計算します。120度通電での相トルクを以下の図に示します。巻線の相磁力の向きはコイルの方向で固定され、大きさは電流波形に合わせて変化することになります。向きが一定なので永久磁石磁力との角度はロータの角度のみを考慮したθとします(総合トルクの場合は合成磁力とロータの角度の相対差をθとする必要あり)。このθと電流の大きさ(=電磁石磁力)から、相トルクの波形としては下図の「トルク(U相)」が示すような波形になります。

この計算をU相、V相、W相の計3相分で行い、合成したものが総合トルクとなります。上図の「トルク(総合)」の波形から分かるように、120度通電は1電気周期で6回の大きな脈動を持つことが分かります。
120度通電は、アルゴリズムが簡素でモーター効率の特性は比較的良いことから広く用いられていますが、このトルク脈動が示すように、3相ブラシレスモーターの通電方式の中では最も静音性能の良くない通電方式と言われています。
このことから、騒音性能が重要になる用途では別の通電方式が考案されています。次回はその通電方式について説明していきます。
ここまでのポイント
・これまで使ってきた出力トルクという言葉には、平均トルクと瞬時のトルクの2つが含まれている。
・平均トルクは、モーターが回せる負荷の範囲やモーター効率を検討する場合に使われる。
・瞬時のトルクは、モーターの振動や騒音を検討する場合に考慮されるトルクの概念である。
・瞬時のトルクは脈を打つように変動することがあり、これをトルク脈動と呼んでいる。
・120度通電は制御性と効率は良いので広く用いられているが、1電気周期で6回の大きな脈動を持つため静音性能の良くない通電方式と言われている。
ブラシレスモーター:正弦波通電(正弦波駆動)とは
トルク脈動が少ない通電方式を理解するために、あらためてトルク脈動の発生について下図を使って説明します。

120度通電の場合、巻線が作る電磁石の合成磁界は大きさが脈動し、その角速度も脈動します。例えば図のAの領域では、巻線磁界はU相とV相にのみ発生するので角速度はゼロです。電流値は変化するので大きさは変わります。Bの領域では、V相磁界が減り、W相磁界が増え始めます。このとき、磁界は早く回転し、大きさは小さめとなっています。Cの領域ではまた角速度はゼロで大きさのみ変化します。電磁石の磁界がこのように速度も大きさも脈動しながら変化していくので、総合トルクは脈動します。
それでは、このトルク脈動を抑えるにはどうすればよいかと言うと、電磁石磁界の大きさを一定、かつ角速度も一定にすればよいことになります。角速度が一定であれば、ロータとの角度関係が一定となり、sinθが一定値となります(ロータは一定速度で回っていると仮定してします)。そのような磁界は巻線電流を正弦波にすることで実現できます。120度ずつ角度のずれた正弦波電流をU、V、W相のコイルに流すと、電磁石の合成磁力は大きさ一定、角速度も一定の回転磁界となります(下図参照)。

巻線電流を正弦波とするには、印加する電圧も正弦波形状にする必要があります。モータードライバーでは、この正弦波状の電圧をPWM制御で実現しています。以前の記事「パルス状の印加電圧」では、「印加電圧の大きさを変えるために行う」と説明したPWM制御ですが、1電気周期内で所定の角度ごとにDuty値を変えることで正弦波形状にすることも可能です。通電波形を正弦波形状にした通電方式を正弦波通電(正弦波駆動)と呼んでいます(以後同じ意味で使い特に区別しない)。
ここまでのポイント
・120度通電の場合、電磁石の磁界が速度も大きさも脈動しながら変化していくので総合トルクは脈動する。
・トルク脈動を抑えるには電磁石磁界の大きさを一定、かつ角速度も一定にすればよい。
・そのような磁界はPWM制御によって通電波形を正弦波形状にすることで実現でき、そうした通電方式を正弦波通電(正弦波駆動)と呼んでいる。
ブラシレスモーター:正弦波駆動の波形
正弦波形状の電圧を印加するにはPWM制御を用います。このPWM制御は120度通電とは異なるところがあるので、下図を使って説明します。

120度通電では、印加したい電圧値に応じてPWMパルスの幅は一定です。例えば、指令Dutyが60%なら、PWMパルスは全領域で60%です。
それに対して正弦波駆動では、電気角の角度に応じた正弦波の値が反映されます。ただし、正弦波駆動の通電波形はさまざまな形がある(後述)ので、1つの例として内容を理解してください。
例えば、指令Dutyが60%であれば、正弦波の振幅は30%となります。図では、最大Dutyを80%、最小Dutyを20%として最大と最小の幅が60%である波形としています。ここから指令Duty値を小さくした場合は、上下両サイドがDuty50%に近づいていくイメージになります。式で表すと Duty指令/2×sinθ+50 [%] となります。なお、、図示していませんが、最小Dutyを0%に固定して波形を作るものもあります。その場合を式で表すと Duty指令/2×(sinθ+1) [%] となります。
このようなPWMパルスを印加したときの電気信号の挙動をオシロスコープで確認すると、以下の図に示したような波形が観測されます。

この波形に関して、120度通電(参照:「ブラシレスモーター駆動の実際の信号波形」)と比較して異なる点が2つほどあります。
- ・ULもPWMパルスになっており、UHの反転のような波形になっている。
- ・電源電流の波高値は山が重なったようになっている。拡大すると電源電流の形は凸凹。
各々の理由を説明します。
<2つの「Duty」という言葉>
一連の記事では「Duty」と言う言葉が多くでてきますが、大きく2つのことを表現しています。1つは外部から入力される印加電圧指令としてのDutyです。最大の100%から最小の0%まで、印加したい電圧の大きさを示しています。2つ目は実際のPWMパルス1つ1つのDutyです。120度通電ではこのDutyはどちらもほぼ同じ意味になりますが、正弦波通電の場合は同じ意味ではないので、話題の趣旨によっては意味が異なることを理解する必要があります。
ここまでのポイント
・正弦波形状の電圧を印加するにはPWM制御を用いるが、120度通電のPWMとは異なるところがある。
・120度通電では、印加したい電圧値に応じてPWMパルスの幅は一定。
・それに対して正弦波駆動では、電気角の角度に応じた正弦波の値が反映される。
ブラシレスモーター:同期整流(上下PWM)
モータードライバーでは、前述の「ULがUHの反転のようなPWMパルスに」のように、上側トランジスタのゲート信号のHi/Lo(ON/OFF)に対し、下側の信号を相補的にHi/Loさせることがあります。これは巻線端子の電位をHiもしくはLoに固定するための重要な動作です。
この巻線端子の電位の固定については、120度通電ではあまり意識せずに説明しました。これは後述するような理由で120度通電ではこの相補的なPWMパルス動作をさせないことが多いからです。しかし、正弦波駆動では巻線端子電圧がコントローラの意図通りである(=電位の固定ができている)ことがより重要となるため、相補的な動作をさせる必要があります。

相補的なPWM動作の効果を説明するため、最初に相補的でなく上側トランジスタのON/OFFのみで巻線端子電圧を調整しようとした場合を、下図(片側PWM)を使って説明します。図中左のように上側トランジスタがONしている場合、巻線端子電圧はHiとなります。このときの巻線電流の向きに着目します。前に説明したように、正弦波駆動ではこのような状態でも巻線電流はプラス向き、マイナス向きのどちらの状態もありえます。

ここで、上側トランジスタがOFFしたとします。このとき、巻線電流がプラス方向であれば下側ダイオードを介して巻線端子電圧がLoとなるので電位は意図した通りです。しかし、電流がマイナス方向であった場合には巻線端子電圧はHiのままとなり、コントローラが出力するPWMパルスの幅(Duty値)とのずれが生じます。これは、正弦波駆動では正弦波波形が乱れることを意味します。
このような波形の乱れ要因を排除するため相補的なPWM動作を行います。次の図(同期整流)が示すように、上側トランジスタがOFFしたときは下側トランジスタをONさせるようにすれば、電流の向きに関わらず巻線端子はLoとなります。このように相補的なPWM動作によって、巻線端子電圧をHiにしたいときはHi、LoにしたいときはLoと、コントローラの意図する電圧を印加できます。このPWMパルスの制御方式を同期整流、相補PWM、上下PWMなどと呼びます。

ところで、ここでは詳しくは触れませんが、PWMパルスを同期整流として巻線端子の電位を固定することでの弊害もあります(※)。そして、120度通電では、上側トランジスタがONの際の電流の向きはプラスであるためほぼ意図通りの電圧が印加できることもあり、その弊害と天秤にかけて片側PWMとする方が良い場合もあります。このように目的、用途に合わせたPWM方式を選択するのも制御開発には重要となります。(※回生電流の影響やブレーキ現象など)
また、実際のゲート信号は完全に相補的ではなく、Hi/Loの切り変わりタイミングで上側と下側のゲート信号が両方ともLoとなる部分を設けます。このLoの時間をデッドタイムと呼びます。これは、上下両方のトランジスタが同時にON状態となることで起こる貫通電流を避けるためです。

ここまでのポイント
・120度通電と比較して「ULがUHの反転のようなPWMパルス」になっているのは、正弦波駆動のための相補PWMのため。
・正弦波駆動のための相補PWMの駆動は、同期整流、相補PWM、上下PWMなどと呼ばれている。
・この駆動方法により巻線端子の電位を固定できるので、正弦波駆動で意図する制御が可能になる。
・同期整流による駆動には弊害があり、利点・不利点を理解してどちらを使用するかの検討が必要。
ブラシレスモーター:正弦波駆動の電源電流
電源電流は、パワートランジスタのON/OFFの状態に応じた電流が流れることを「電源電流」の記事で説明しました。正弦波駆動では、このON/OFFの状態が120度通電より複雑となるので、下図のような波形が見えてきます。

この図のPWMパルス波形は、1電気周期のうちのA点付近(左図)を拡大した波形図です。以下、中央の図中に示した①、②のタイミングの波形を例に説明します。
まず、①ではU電圧がHi、V電圧がLo、W電圧がLo、となっています。よって巻線を流れる電流は、以下の回路図に示すような経路で流れます。図から分かるように、このときに電源から流れてきた電流はU相巻線を通り、V相とW相に分かれたあとに合流し電源に戻っていきます。このことから、①のところで電源電流として見えている波形はU相電流と同じ波形となります。

次に②では、V電圧がHiに変化しそれぞれU電圧がHi、V電圧がHi、W電圧がLoとなっています。①のときと異なり、V相の電流は上側トランジスタを介して流れます。よって、電源に流れるのはW相電流と等価となります。ただし、ここでは極性が逆になっていることに注意してください。このことから、②のところで電源電流として見えている波形はW相電流の極性を反転した波形となります。①でも②でも巻線電流の波形が見えるので、電源電流は山が重なったような波形に見えます。
このトランジスタのON/OFFによる電源電流の波形の変化はさまざまなところで応用されるので、ここで説明した概念の理解が重要になってきます。
ところで、120度通電の場合はあるタイミングでPWMしている相は1相だけでしたが、正弦波駆動ではU、V、Wの3相がすべてPWMします(通電波形によっては2相だけとなる場合もある)。この場合、それぞれのPWMパルスの位置関係が制御すべき項目として加わります。具体的には、最初の図で示したようなOFFのタイミングがそろった右揃えの位置関係のPWMパルスがあります。また、Hi(およびLo)の区間の中央をそろえたものもあります。これらのPWMパルスはそれぞれ、のこぎり波比較のPWM、三角波比較のPWMなどと呼ばれます(下図参照)。それぞれに特徴がありますが、別の機会に説明したいと思います。

ここまでのポイント
・モーター駆動時の電源電流は、パワートランジスタのON/OFFの状態に応じた電流が流れる。
・正弦波駆動ではこのON/OFFの状態が120度通電より複雑となるので、山が重なったような波形に見える。
・正弦波駆動では基本的にU、V、Wの3相すべてがPWMするため、それぞれのPWMパルスの位置関係の制御が必要になる。
・具体的には、OFFのタイミングがそろった右ぞろえ、Hi(およびLo)の区間の中央をそろえたものなどがあり、のこぎり波比較のPWM、三角波比較のPWMなどと呼ばれる。
次のページ:正弦波駆動のトルク脈動、正弦波電流のタイミング・位相変化、
進角制御(進角調整)、正弦波駆動のさまざまな波形について
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