エンジニアコラム
回路設計とEMC設計の塩梅 第18回 EMC計算法・EMCシミュレーション(3) 放射エミッション(RE)の計算試行
2021.12.07
こんにちは! ロームの稲垣です。
第18回は、電磁両立性(EMC)の計算法・シミュレーションで、放射エミッション(RE: Radiated Emission)の計算試行について説明します。車載系製品の電磁両立性(EMC)特性に関するもので、「CISPR25規格ALSE法」です。
CISPR(読み「シスプル」)とは、IEC下部組織の国際無線障害特別委員会(フランス語:Comite international special des perturbations radioelectriques)の略称です。またALSE法は、Absorber-Lined Shielded Enclosureの略称で、DUT(試験対象:半導体集積回路(LSI))やワイヤ・ハーネス等から放射される電磁雑音の測定法です。
計算対象としては、車載蓄電池(バッテリ)、疑似電源回路網(AN)、ワイヤ・ハーネス、DUT(試験対象)、グランド・プレーン等となります。計算概念としては、IEC 62433規格準拠、データ同化(Data Assimilation)対応、雑音除去(Noise Reduction)対応とします。解析法としては、回路解析、電磁界解析、数値解析を駆使します。
それでは順を追って説明して行きます。計算試行では2段階処理をしていて、最適化(Optimization)と計算予測(Prediction)の各々を(シェル・)スクリプトで自動化しています。1段階目の最適化(Optimization)は、以下の計算手順になります。
- ① 半導体集積回路(LSI)の電源電流と負荷電流について、IAモデル(電磁干渉モデル)をPWL(Piecewise Linear)波形で作成する。これは回路解析(過渡解析)で求める。
- ② データ同化技術を用いるので、EMC対策がされていない状態のCISPR25規格ALSE法の測定値を取得する。
- ③ ①IAモデル(PWL波形)と②測定値の双方について、雑音除去処理(上限エンベロープ処理)を施す。これは数値解析で求める。
- ④ 車載蓄電池(バッテリ)、疑似電源回路網(AN)はSPICE回路網で記述し、ワイヤ・ハーネスやグラウンド・プレーンは電磁界解析の計算対象とし、CADデータを作成する。
- ⑤ これら③④を電磁界解析(MoM法:モーメント法)で計算する事で、1周波数に対する放射エミッション(電界:dBμV/m)が求められる。
- ⑥ このままでは計算値だけなので、③の測定値との差分を求めて計算値を補正する。
- ⑦ 必要な周波数(例えばスイッチング周波数のN次高調波等)に同じ計算を繰り返し行い、過渡解析結果の各々をグラフ化(周波数軸)すると共に、限度値もプロットする(交流解析結果と同書式)。従って、最適化(Optimization)の計算結果は、計算値が測定値とほぼ完全一致している状態になる。
2段階目の計算予測(Prediction)では、以下の計算手順になります。
- ⑧ EMC対策を施した半導体集積回路(LSI)のIAモデル(PWL波形)を求める。シリコン・チップを再設計する場合や、アプリケーション回路を変更する際に、電源電流や負荷電流の変化等が放射エミッション(RE)低減に、どの程度効果があるかを計算予測する事が目的。
- ⑨ この⑧IAモデル(PWL波形)に雑音除去処理(上限エンベロープ処理)を施す。
- ⑩ ③のIAモデル(PWL波形)を⑧のIAモデル(PWL波形)と差し替えて、1周波数に対する放射エミッション(電界:dBμV/m)を求める。
- ⑪ 最適化(Optimization)⑥で求めた差分を使って、⑩放射エミッションの計算値を補正する。
- ⑫ 複数の周波数に対して、⑦と同様の計算を施す。この結果から計算予測(Prediction)では、「CISPR25規格ALSE法」の適合不適合の判定が可能になる。
以上が計算概要の説明となりますが、代表的なものを図示すると次の様になります。

電磁界解析(MoM法)のCADデータと計算結果例.

車載蓄電池、疑似電源回路網、ワイヤ・ハーネス、DUTの記述例.

最適化(Optimization)結果,EMC対策無例.
(黒:測定値,赤:計算値,青緑黄:限度値)

計算予測(Prediction)結果,EMC対策有例.
(黒:測定値,赤:計算値,青緑黄:限度値)
実際の設計現場では、半導体集積回路(LSI)の回路設計を行う際は時間的にも大変タイトで、EMC測定検証やEMC計算予測に多くの時間を割く事はかなり難しい状況です。ここでは、比較的簡単な計算モデルを使う事で計算時間の短縮を図りながら、測定値との整合も取る事で、実用的な計算精度を得ています。また(シェル・)スクリプト化する事で、電磁界解析や数値解析はバック・グランドで走り、複雑な操作も不要となります。ハードウエアも高級なパソコンを必要としません(本計算試行例では、CPU:約15min, MEM:100MB以下)。対局には詳細なデバイス・モデリングを行い、スーパーコンピュータ等で電磁界解析を存分に使う手法もあります。どちらも効果的ですが、半導体集積回路(LSI)に特化した場合は、この様な計算試行も有効ではないかと思います。
御一読頂きまして、どうもありがとうございます。
<書籍の参照ページ>
「LSIのEMC設計」,科学情報出版株式会社,2018年2月初版発行,ISBN978-4-904774-68-7.
- ◆放射エミッション(RE)シミュレーションの概要説明:第6章 現象別半導体集積回路の電磁両立性検証(2) p.153~
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回路設計とEMC設計の塩梅:はじめに
- 第1回 半導体概要(1) トランジスタ・ダイオード
- 第2回 半導体概要(2) 半導体集積回路(LSI・IC)
- 第3回 半導体概要(3) 半導体集積回路(LSI・IC)モジュール
- 第4回 製品仕様書(1) 半導体集積回路の製品仕様書
- 第5回 製品仕様書(2) 製品仕様書の読み方 保証値なのか参考値なのかを意識する
- 第6回 製品仕様書(3) 一般的なEMC評価指標例
- 第7回 評価回路・基板(1) 評価基板の使い方
- 第8回 評価回路・基板(2) 接地線(GND・グランド)の取り扱い
- 第9回 評価回路・基板(3) 電磁干渉(EMI)と電磁感受性(EMS)
- 第10回 Webサイト(1) 最新情報・主力製品紹介・製品仕様書
- 第11回 Webサイト(2) アプリケーションノートとデザインモデル
- 第12回 Webサイト(3) 設計サポートツール
- 第13回 EMC概要(1) 電磁両立性(EMC)とは何か?
- 第14回 EMC概要(2) 電磁両立性(EMC)とは何か?
- 第15回 EMC概要(3) 電磁両立性(EMC)とは何か?
- 第16回 EMC計算法・EMCシミュレーション(1) 計算法概要
- 第17回 EMC計算法・EMCシミュレーション(2) 伝導エミッション(CE)の計算試行
- 第18回 EMC計算法・EMCシミュレーション(3) 放射エミッション(RE)の計算試行
- 第19回 EMC計算法・EMCシミュレーション(4) 伝導イミュニティ(CI)の計算試行
- 第20回 EMC計算法・EMCシミュレーション(5) 伝導イミュニティ(CI)の計算試行
- 第21回 EMC計算法・EMCシミュレーション(6) 放射イミュニティ(RI)の計算試行
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